以前シリコンバレーに3週間程度滞在していたことがあるのですが、「シリコンバレーはどんな経緯で生まれたのか?」という長年持っていた疑問に関して現地で感じたことと調べた内容から、歴史をまとめておきます。
そもそも、シリコンバレーとは?
「シリコンバレーって何!!?」という方のために、シリコンバレーの説明を載せておきます。
具体的には北はサンマテオ周辺からサンノゼまでの複数の市を指す。「シリコンバレー」という名前の都市は存在しない。シリコンバレーの中心は、サンノゼ、マウンテンビュー、サニーベール、サンタクララ、クパティーノなどさまざまな都市である。 元々メンローパークにあるスタンフォード大学出の技術者がヒューレット・パッカードなどのエレクトロニクス、コンピュータ企業を設立し、この大学の敷地をスタンフォード・インダストリアル・パークとしてこうした新技術の会社を誘致したのが始まりともいわれている。また、トランジスタの発明者の一人であるウィリアム・ショックレーがこの地に「ショックレー半導体研究所」を設立し、そこから分化したフェアチャイルドセミコンダクターや、更にそこからインテルをはじめとする多くの半導体企業が生まれたことにちなみシリコンバレーと呼ばれるようになった。
近年では、アップル、Google、Facebook、Yahoo、アドビシステムズ、シスコシステムズといったソフトウェア・インターネット関連の世界的な企業が同地区には多数生まれたためにIT企業の一大拠点となったことで、シリコンバレーはこの地域におけるハイテク企業全体を表すようになっている。
(引用:シリコンバレー - Wikipedia)
説明に困った時に重宝する、 Wikipediaさんの引用です。
「シリコンバレー」は市名ではなくて、複数市の集合名称です。ここからは、なぜ「シリコンバレー」という地帯が生まれたのか。なぜそのような名前になったのかを紹介していきます。
シリコンバレーの語源
シリコンバレーは、半導体の主な材料となる“シリコン”。そして、カリフォルニア州北部のサンフランシスコ・ベイエリアの南部に位置しているサンタクララ“バレー”とその一帯の地域(サンマテオ、サニーベール、サンノゼ一帯)を指していることから、“シリコンバレー”と名付けられました。
ドン・フラーが、1971年1月11日にエレクトロニック・ニュースという新聞で、"Silicon Valley in the USA"という題名の記事を書いたのが発端で、そこから徐々に“シリコンバレー”という言葉が広く使われるようになっていったと言われています。
シリコンバレーの特徴
シリコンバレーの特徴には、以下のようなものがあります。
①起業、事業運営に好意的な規則(ベンチャー企業にとって好意的な法律,規則,慣例)
→雇用契約が、At-will employment(任意雇用)になっていて、雇用関係を柔軟に変更しやすいです。
②専門化したビジネスインフラ(エンジェル,ベンチャーキャピタルなどの金融,弁護士,ヘッドハンター,会計士,コンサルタント)の存在
→全米の40%の投資額がシリコンバレーに集まっていることもあり、投資額が起業しようとしたときに資金が集まりやすく、知り合いや投資家に相談すれば、最適な人材を紹介してくれるという環境が整っています。
③知識(情報技術に関する豊富なアイデア)が集約している。
→Apple、Google、Facebook、Intelをはじめとした企業の研究開発機関をはじめ、スタンフォード大学・UCバークレーなどの大学での研究開発も行われ、オフィス内の食堂、投資家向けのピッチや、カフェでのささいな会話などあらゆる場面で常に交換されています。
④高品質で流動性の高い労働力(才能を引きつける磁石)
→近くにあるスタンフォード大学・UCバークレーからの優秀な学生をはじめ、中国・インドなどの優秀なエンジニアが多数集まっています。
⑤結果志向型実力社会(才能と能力により評価)
→どこの大学出身か、どのような仕事をしてきたのかなどの経歴よりも、複雑なコードが書けるのか。どのようなサービスを創れるのかを重視します。
⑥失敗に寛容な風土(計算されたリスクテイキングと楽天的な起業家精神)
→全く失敗したことのない人よりも、失敗から何を学び、次にどう生かそうとしているのかを評価します。
⑦オープンなビジネス環境(開放的なネットワーク)
→カフェなどで日常的にエンジニアがサービス案に関して議論している環境があり、注文の列の前後で投資家と起業家がつながることもある。また、困っていたら助け合うという文化が自然と生まれている気がします。
⑧産業と相互に交流する大学や研究機関(双方向に流れるアイデアと知識)
→大学敷地内にオフィスを構える企業もあり、学生の企業インターン参加も活発で、企業の研究開発の受託研究も盛んに行っています。
⑨ビジネス,政府,非営利組織間の協力(地域の持続的発展を目指した取り組み)
→政府の予算が大学や企業の研究開発期間に提供され、企業の生み出した利益が市の税に反映され、市の財政がしっかりと街の景観保護に利用される。また、景観保持のためのNPOも多く存在しています。
⑩高い生活の質(美しい自然と都会の快適さ)
→上記の好循環が働き、街の自然と警官が保たれるように取り組みが行われており、気候的にも年中通して温暖で快晴の日が多いです。
これらは、実際に行って暮らしてみて確かになと思う点が多かったです。
シリコンバレーの歴史
1850年代
時代をさかのぼって、1848年。ゴールドラッシュが始まり、アメリカ西部への大移動が発生します。
(画像:California_Gold_Rush - Wikipedia)
1890年代
リーランド・スタンフォード(1824年~1893年)は、ゴールドラッシュに乗ってやってきた鉱夫に対しての雑貨業を通して財を成し、セントラルパシフィック鉄道を創業した実業家です。
(画像:Leland Stanford - New Perspectives On The West)
彼の息子は15歳という若さで腸チフスによって命を落としてしまいました。息子のために何かできないか。と、1891年に所有地である牧場に開設したのが、後のスタンフォード大学となります。
(画像:Stanford University and the 1906 Earthquake)
1900年代初頭
この頃は、スタンフォード大学は、田舎の地方大学という位置づけで、卒業生の東海岸地域(MIT・ハーバード大学などがある。)への流出が続いていました。
(画像:Frederick Terman - WIkipedia)
(写真:https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_Terman)
1930年代
1933年。その当時の状況を憂いた“フレデリック・ターマン”というスタンフォード大学の教授が、当時学生であるヒューレッドとパッカードに出会い、スタンフォード大学の研究施設を使っていいよと、彼らをサポート。その後、1939年に彼らがヒューレッドパッカードをガレージで創業します。
(画像:History - HP)
1940年代
その後、1941年に、アメリカは第2次世界大戦に突入します。
戦争に突入してからというもの、アメリカ軍用航空機はドイツ軍にことごとく撃退されます。その理由として、ドイツ軍の高性能レーダーがあることを発見し、敵軍レーダーの解析をするための研究所Harvard Radio Research Labがハーバード大学に設立されました。
(画像:シリコンバレーが世界最高のIT産業の集積地となるまでの知られざる歴史)
そのLabの指揮をとることになったのが、先述のターマン教授です。
彼は、西海岸から東海岸に移り、東海岸の構造を思い知ります。アメリカ国防総省が、近くにあるハーバード大学やMIT、企業などに膨大な資金を流し、その資金を使うことで、大学・企業は研究開発を大規模に行うことができていることを実感します。
1950年代
大戦終了後、スタンフォード大学に帰ったターマン教授は、Electronics Research Labを創設して、そこでマイクロ波の研究に特化し、スタンフォード大学の研究開発力を高め、1950年の朝鮮戦争時には、NSA、CIA、海軍、空軍の研究パートナーの中心となり、莫大な研究開発費用を獲得できるまでになりました。
また、ターマン教授は、東海岸での気付きをもとに「学生の起業促進、大学の知的財産権を起業する学生に移譲する。」「自身含めスタンフォード大学の教授が関連企業の役員になる、アドバイスする。」ということを掲げ、スタンフォード大学の技術を周辺の企業やスタートアップ育成に務めました。
この頃には、スタンフォード大学は多くの画期的な活動を行っていました。その一つとしてあったのが、新たに設立された企業に設備を提供するスタンフォード・リサーチパークの建設。戦後の成長期にあってより多くの資金を必要としていたスタンフォード大学は、所有地を長期間リースするというアイディアに行き着きました。企業にとっても事業に協力的な大学を近くに控えた土地の長期リースは魅力的であっため、GE、イーストマン・コダックなどが次々とこの土地に進出してきます。
(画像:Stanford University Campus Planning and Projects)
1950年代~1960年代
ターマン教授の構想通り、スタンフォード大学周辺には主に軍需産業に携わるマイクロ波関連企業が集まり一大産業地となる「マイクロウェーブバレー」が形作られました。
この頃から、スタンフォード大学周辺にベンチャー企業を支援するベンチャーキャピタルが生まれ、起業を支援する仕組みが生まれていきます。
また、アジア・ラテンアメリカ・ポルトガル地域からのハイテク産業、製造業に従事する移民が多数流入し始め、(サンタクララでアジア系の人口が1970年→2020年で43,000人から430,000人と、およそ10倍になっている。)移民の増加に伴い、国としてもVISAの整備を行います。
1970年代
インテルに代表される半導体産業。インテルは1973年にコンピュータの動作の基礎となる単純な「オン/オフ」スイッチを数百万、後には数十億も実行することを可能にしました。このマイクロプロセッサはハイテク業界に大きな変革をもたらし、20世紀後半の世界を形作った多くの発明の基として記念されるべき製品であった。これらの結果として、1966 年から1977年にかけて、 半導体産業への従事者は,6,000 人から27,000 人に増大し、サンフランシスコ半島の半導体産業は飛躍的に成長した。そして、1970 年代半ばに“シリコンバレー”と呼ばれるようになりました.
1980年代
Appleに代表されるパソコン。1975年、テクノロジー関連の学科で学んでいた数人の学生が「ホームブリュー・コンピュータ・クラブ」を結成し、家庭用コンピュータを製作する実験に取り組んでいました。このクラブの発起人の一人に、後にアップル・コンピュータを創設するスティーブ・ウォズニアックもいます。
(画像:Silicon Valley - NetValley)
彼はコンピュータ・ショーで買った安物のプロセッサーを使って最初のホームコンピュータを製作。1976年にウォズニアックは友人のスティーブ・ジョブズとクパティーノにあったジョブズのガレージでアップル・コンピュータを設立。
(画像:Apple I - Wikipedia)
同年の4月1日に、Apple Iを発表。アップルに感銘を受けたインテルの元役員マイク・マークラは、彼らに明確なビジネスプランを確立するよう説き、会社が必要としていた資金を提供すると共に自らアップルの役員に就任した。アップルは1977年にApple IIを発表し、その後の成功へ向けての第一歩を踏み出した。
(画像:Apple II - Wikipedia)
1990年代
ハードからソフトの時代へと変化が起ります。1994 年にはスタン フォード大学の院生デビッド・ファイロとジェリー・ヤンにより趣味で始められたウェブディレクトリーが、Yahooとして立ち上げられます。また,1996 年にはスタンフォード大学の院生ラリー・ページとセルゲイ・ブリンによってGoogleが設立。
(画像:History of Google - Wikipedia)
2000年代
Facebook・TwitterなどによるSNSが広がります。
(画像:8 kinds of photos that Japanese girls always post on Twitter)
2010年代
Airbnb・Uberに代表されるシュアリングエコノミーが広がっています。
現在では、サンノゼ・サンフランシスコ一帯にテック系企業が群雄割拠しています。
これからシリコンバレーはどうなっていくのか。
まとめ
一般的には1939年に「ヒューレッドパッカードが創業されたこと」がシリコンバレーの始まりだとされていますが、上のように見ていくと、シリコンバレーが生まれたのは、スタンフォード大学を創設して、研究施設を創り始めてからとも言えそうですね。
ということは、100年以上の都市開発(とそこでの起業家精神を持った人たちの活躍)の歴史があって、今の最先端都市としてのシリコンバレーがあるということになります。
日本でも地方創生やイノベーション都市の創出などが議題になることがありますが、100年先とは言わないまでも長期戦略を描き、官・民・学が協働して長期的に人材育成・産業振興に取り組んでいくことが重要になってきそうですね。
(注)この記事に書いてある内容は、あくまで参考程度にしてください。
実際に自分で調べて、現地の人と話してみることを推奨します。
【参考にした情報一覧】
Silicon Valley History & Future
Meet 7 CIOs That Are Creating Smart Cities in Silicon Valley - YouTube
Silicon Valley - Wikipeida
Don Hoefler - Wikipedia
シリコンバレー ― ハイテク聖地の歴史
シリコンバレーが世界最高のIT産業の集積地となるまでの知られざる歴史 - GIGAZINE
Silicon Valley Japanese Entrepreneur Network (SVJEN): 第1回:ベンチャーキャピタルとはどんなものか?
SVG/IT / ニュース / 情報 / コラム = シリコンバレー・ゲートウェイ =:Silicon Valley Gateway
こんなに違う!日本とシリコンバレーの雇用法の違い! | 中村あきらのAKIRA DRIVE + 現地の人々からのヒアリング
シリコンバレーに関連して読みたい本
スティーブ・ジョブズ(アップル共同創業者)、エリック・シュミット(グーグル元会長兼CEO)、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン(共にグーグル共同創業者)など、シリコンバレーで名を馳せた偉人たちを支えた師。彼の教えに関して読んで実践したい。
アップルを作った二人のスティーブ。日本ではジョブズの方が有名だと思いますが、彼の構想を支え実際のプロダクトに落としていったのがウォズニアック。彼がいたからこそ今のAppleが生まれたんだなと胸が熱くなる。
フェイスブックを最初期から支えた大物投資家ピーター・ティールの考え方、経験を伝聞体験することができる。彼の考え方を知る意味で読むとよい。