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【書評】司馬遼太郎の描く坂本龍馬にふるえた『竜馬がゆく』


先週1週間、ブログの更新もせずにずっと司馬 遼太郎さんの『竜馬がゆく』を読んでいました!

Kindleで1巻から8巻まで購入して、1日6時間程度かけて読み続け、なんとか1週間で読み切ることができました( ・v・)b


幕末の志士の生き様、坂本龍馬をとりまく人々の抱える正義が交錯する心理描写、当時の生活がありありとイメージできる独特な情景描写などがあわさって、読んでいる自分まで感情が揺れ動いてしまう作品。

日本史の授業で坂本龍馬のことを勉強した時とは段違いの感動がありました。


同著者によって描かれた竜馬は、その人物像、剣士としての実力、社会に対しての先見性、既存の体制や価値観にとらわれない自由な発想などどの点でも異様。

「竜馬が存在しなかった日本と、存在した日本では、大きく時代が変わっていただろう。」ということを実感することができる。


著者が竜馬の訪れた現地に足を運び、可能な限りの書物・遺品から情報を集め、竜馬の生きた250年前の当時を描いて現世に広く伝えられているこの本を読めてよかったです。



竜馬の特徴的な行動・考え方


竜馬はなぜ、日本史を大きく塗り替えるような偉業(開国と大政奉還と近代国家の骨組みの構想)を成し遂げることができたのか。

彼の行動・考え方で特に印象的だった点をまとめておきます!!


誰よりも情報を集め、偏見なく日本のあるべき姿を描いた

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「偏見をもつな。相手が幕臣であろうと乞食であろうと、教えを受けるべき人間なら俺は受けるわい。」
(引用:『竜馬がゆく 司馬遼太郎』より)


『竜馬がゆく』の中で出てくる上記のセリフの通り、竜馬は偏見を持たずに様々な立場の人の意見を聞き、日本にとって最適な道は何かを模索し行動し続けていました。


竜馬の生きた1850年代には、徒歩での移動が主流で江戸から大坂への移動にも10日以上かかるのが普通だった。

その時代において、竜馬は故郷の高知(土佐藩があった)と東京(江戸)と山口(長州藩があった萩付近)と神戸(戦艦を持って事業を行おうとした亀山社中があった神戸)と長崎(薩摩藩、外国諸国の領事館あり)を1年に何度も往復しながら、江戸に行って勝海舟に外国事情や外国の諸制度を聞き、桂小五郎に長州藩の状況を聞き、神戸で亀山社中を立ち上げ、長崎で外国諸国の人々と自国の制度の違いを議論したりしていた。


今のように情報にすぐにアクセスすることができない時代にあって、先入観を持ちすぎずに様々なバックグラウンド・知識を持っている人たちと話すことで情報を集めて江戸時代後の日本の姿を描いた。


先入観を持つことなく、藩の垣根も国の垣根も幕府と藩の垣根も越えて、様々な意見を聞き、多様な視点からの考えを吸収していた様子がとても印象的。

当時の日本では、「鎖国論:外国は撃ち払い、幕府を倒し、藩が新たな幕府をつくる(士農工商は継続)」 vs 「開国論:開国に踏み切り、諸外国の力を借りて幕府を存続させる(徳川政権の継続)」という構図で 藩 vs 幕府 という対立関係ができていた。


上記どちらかの物事の見方をしている人が大半だった時代において、竜馬は「開国して貿易によって外国に対抗できる国力をつけ、民主的な政治体に切り替える」という全く新しい構想を持っていた。


竜馬がこのような考えを持つことができるようになったのは、土佐藩を脱藩して何にも属さずに「一人の日本人」として日本がどうあるべきかを考えたから。

海外事象に詳しい幕府側の勝海舟、日本に滞在していた外国人、長州藩の保守的な体制・思考、長州藩の過激な倒幕論、薩摩藩の理論的な倒幕論など、様々な立場の人が持っている意見は、所属する組織の存続を考えた意見だったが、竜馬の意見だけは日本全体の存続を考えた意見であり異色だった。



思想よりも実利が人を動かす


「志操さえ高ければ、商人の真似をしても構わない。もしろ地球を動かしているのは思想ではなくて経済だ」
「時勢は利によって動くものだ。議論によってはうごかぬ」
(引用:『竜馬がゆく 司馬遼太郎』より)

「武士が商売をするなんて馬鹿げている...」という価値観だった時代において、竜馬は貿易こそが利益を生んで力をつける方法であり、利益こそが人を動かす原動力になると理解していた。


竜馬は感情に訴えかけるような人の動かし方をほとんどしておらず、多くの場面で「相手にとっても自分にとっても利益になる方法」を相手に提示することで、相手から快く協力をとりつけることができています。

これは現代に生きるわたしたちにとっては当然のことのように思えますが、身分の違いによって上下関係が存在し、武力による主従関係が当然であった当時においては異様な行動だったようです。


そんな竜馬でも一度だけ感情に訴えかける人の動かし方をしていました。

それは、長州藩に対して薩長同盟を結ぶことを渋っている西郷隆盛に対し、薩摩藩から同盟を打診するようにしてほしいと伝える場面。


「(長州藩が)かわいそうじゃないか!」というシンプルなメッセージを聞いて、薩摩藩の西郷隆盛が長州藩に対して同盟を打診することに納得したのは、本書の中で一番の驚きでした。


ふだん感情的になることがない人(竜馬)が、感情的に訴えかける。それも一生に一度の場面で。

これによって薩長同盟が成立し、藩同士の争いから倒幕に向けて協力していくようになり、歴史が大きく動いたことは印象的でした。



不遇は自分の考慮不足が生む

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「人の運命は9割は自分の不明による罪だ。」
(引用:『竜馬がゆく 司馬遼太郎』より)

「人の運命とはわからないものですねぇ...」という発言を聞いた竜馬が発したのが上の言葉。


人の運命というものは不意に襲ってくるものではなく、普段からどれだけのことを考慮し、どれだけ先を見据えて動いているかによる。

ということを言っており、現実主義の竜馬の生き様を表しているなと。


ペリーの黒船来日に遭遇し、日本はこのままでは外国に占領されてしまうのではないかという思いを募らせ、あらゆる情報を集めて考えをめぐらすことによって脅威(海外)に対抗しようとした竜馬だからこそ、できることをやりきらずに「これも運命だ...」と受け入れてしまうことに対して強い嫌悪感を抱えていたのかなと。



まとめ


以上、『竜馬がゆく 司馬遼太郎』の書評でした!


一巻あたり読むのに5時間前後かかったので、一巻から八巻まで読み終わるまでに40時間かかった計算になります。超大作でした。

超大作で一気に読むのは骨が折れるし、読んですぐに何か日常生活に役立つわけでもありません。


ですが、今の日本が民主主義となっていること、自国自衛の軍隊が存在すること、高知・京都・神戸・長崎と様々な地に竜馬のことを後世に残す銅像・路名・記念碑があること、頑張れば誰でも職業を選べること...。


今となっては当たり前となっている社会制度・価値観・生活の多くが250年前の幕末の時代には当たり前ではなかった。

その状況を変えるために、自分の命を燃やした先人がいたことを知れてよかったなと。


竜馬がゆく(一) (文春文庫)
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋 (出版)
1998-09-10 (発売日)


では!